親父が亡くなってから、突然死をネットで調べてみた。情報が溢れている。こんなに情報があったんだ。胸骨圧迫とかAEDとか、いかに初動が大切かなど、いままで気づかなかった。
当たり前だけど、人は知りたい情報しか見ない。自分には関係ないと思える情報でも多少は知識として知っておいたほうがよい。
親父が亡くなってから、突然死をネットで調べてみた。情報が溢れている。こんなに情報があったんだ。胸骨圧迫とかAEDとか、いかに初動が大切かなど、いままで気づかなかった。
当たり前だけど、人は知りたい情報しか見ない。自分には関係ないと思える情報でも多少は知識として知っておいたほうがよい。
自分の中では時間がが止まっているようだけど、外に出ると何事もなかったかの様な何気ない日常、世の中は動いている。止まってばかりもいられない。前を向いて進もう。
家で、ボーッとしていたら「今日の日はさようなら」が頭の中に流れてきた。
いつか人は死ぬ。私は死んだ後のことは信じていない。しかしまあいつか死んだら先に逝った家族と会えるかもとでも思っとこうか。
今日の日はさようなら、また逢う日まで。
権利書など重要な書類をとりあえず探しておこうと実家へ。生前聞いていたところを探すと無事見つかった。見つけた近くに昔の親父とか自分の子供の頃の写真があった。懐かしい。若い頃の父親の写真を見ると、なんだか涙が出て来た。
がんは死病の中ではやさしい病気かもしれない。死ぬまでの時間がある。本人も家族も覚悟する時間がある。事故や突然死でいきなり死ぬよりも、同じ死ぬならがんの方が随分マシだと今回知った。
救急隊員による救命措置、心臓マッサージ、AEDでは効果がないので、救命救急センターへ搬送された。その時に健康保険証がなかったので後日、精算に行った。
もらった領収書には検査項目がびっしり、4ページほど。コロナの検査からチューブの挿入など。
その領収証見たときに、救命救急センターはやれるだけの事はやってくれたんだなと思った。
ほんとうに感謝だ。
親父が倒れたコミュニティーセンターの管理人に最後の様子を聞いた。意識不明になって救急車が来る頃(通報から5分後くらいに到着したようだ)には呼吸が止まったらしい。その後救急隊員が救命処置を取ったが時すでに遅し。管理人の人に救急車が来るまでに心臓マッサージ(今は胸骨圧迫という)などの救命処置を取ったか聞いてみたが取っていなかった。その管理人が言うには「私は何度もこういう現場を見てきました。呼吸をしていたから心臓マッサージはしませんでした。鼾のような、うめき声のような、うーとか、息はしていました。その場合、心臓マッサージやAEDはしてはいけないと思っていました。」
119番でも呼吸をしていると伝えたのだろう。変な呼吸をしているなど伝えていれば電話で救命処置の指示があったかもしれない。
おそらくその鼾のような、うめき声のような呼吸は死戦期呼吸でただちに救命処置が必要な状況だったのだろう。何人も近くに人がいる中で数メートル先にAEDがある状況だった。近くにいた人、救命処置を取らなかった人を責めるつもりはない。自分もその場にいたら救命処置が取れたのかどうかわからない。救命処置で助かるかどうかは運の要素が強いのだろう。状況から言えば親父は恵まれていた。大勢の人が近くにいる、AEDが近くにある、それでも救命処置が取られることなく助からなかった。運も含めてそれがその人の寿命だったと言ってしまえばそれまでだけど。
ちなみに呼吸をしているかどうかの判断は胸が動いているかどうかでしたほうがよいらしい。呼吸っぽく聞こえても死戦期呼吸の場合もある。
未練が残る、親父もいい歳だったし救命処置を取ってもダメだったのかもしれない。だけどその時誰かがすぐに救命処置、AEDではなくてもせめて心臓マッサージでも取っていてくれたらと思うと残念でならない。それでもダメだったのであれば諦めもつくのに。
悔しくて、悔しくて、あとの祭りだけど、ほんとうにほんとうに未練が残る。
ただし中途半端に救命された場合は、脳障害など後遺症が残って余計に苦しむこともある。その場合は本人に取って救命処置がよかったのかどうかはわからない。ただ遺族としては命だけでも助かって欲しかった。