いろいろ調べてみた結果、どうも責任は問えないみたいだ。
責任を問うとすれば
・通報者である施設管理者の呼吸ありの判断ミス、死線期呼吸見逃し
・通信指令員の呼吸判断ミス、死線期呼吸、心停止見逃し
のいずれかだと思う。
通報者は一般人なので間違いやむなし、
消防の通信指令員も心停止を見逃しても何も問題ないみたい。
残念だな。
いろいろ調べてみた結果、どうも責任は問えないみたいだ。
責任を問うとすれば
・通報者である施設管理者の呼吸ありの判断ミス、死線期呼吸見逃し
・通信指令員の呼吸判断ミス、死線期呼吸、心停止見逃し
のいずれかだと思う。
通報者は一般人なので間違いやむなし、
消防の通信指令員も心停止を見逃しても何も問題ないみたい。
残念だな。
心停止見逃しの原因を知りたくて情報開示請求を行った。結果は不開示。該当する情報がなかったみたいだ。
結果は不開示だったがその時に話を聞いてだいたいの原因はわかった。
一番の原因は通報者の呼吸あり。おそらく死戦期呼吸見逃しだろうけれど、自信ありげに呼吸ありと通報したようだ。生兵法は大怪我のもと。通信指令員は2回呼吸ありか確認したようだが呼吸ありとの事で呼吸ありのフローとなった(気道確保と回復体位のみ)。
二番目の原因は、呼吸ありをそのまま信じた通信指令員。ちょっとは疑って欲しかった。
通報者に中途半端な知識がなかったらよかったかも。通信指令員が見抜いてくれたらよかったかも。これは通報者がシニアプラザの管理人であったことが災いしたかもしれない。自信ありげに呼吸ありと通報したので通信指令員も疑問に思わなかった可能性がある。
いろいろ考えても、亡くなってからでは後の祭り。ミスなんていろんな要因が重なって起こるものだけれど、本当に残念だ。
救命処置に納得がいかなかったので消防本部へ話を聞きに行くことにした。
話を聞くと、通信指令員が通報内容から呼吸ありと判断して(心停止と判断せず)気道確保と回復体位で観察を続けるとなったようだ。結果から見ると判断ミスですぐにでも心肺蘇生が必要だった。
通報者の話を聞くと、自信ありげに「呼吸をしていました」と言っていたので、それも通信指令員が間違えた要因かも。おそらくその呼吸は死戦期呼吸だったのだろう。
今回は通報者の判断ミス、通信指令員の判断ミス(死戦期呼吸を見抜けなかった)が重なってただちの心肺蘇生が取られることはなく亡くなった。倒れた状況はとても運が良かった(周りに人が大勢いる、AEDがすぐ近くにある)だけに、その後の判断ミスはとても残念だ。救えたかもしれない命が判断ミスによりなくなった。
遺族としては残念な気持ちが無くならない。
普通の失敗であれば次に気をつければ良い、ただし救命の場合は判断ミスで命を失う。次はない。
呼吸の判断は胸の上下で見る、判断に迷ったら直ちに死戦期呼吸を疑って心肺蘇生を行うようにしてほしい。
これを教訓に同じ判断ミスがなくなる事を願う。救えたかもしれない命が判断ミスによりなくなったのだから。
親の突然の死、とても悲しい。
だけど、おそらく親はとても悲しんでいるあなたを見て感謝していると思う。
生前、特別なにかいい事をしたことはない、ただしそれほど迷惑の掛かるようなこともしたことはない(と思う)。それで十分かもしれない。
親父が亡くなってから、突然死をネットで調べてみた。情報が溢れている。こんなに情報があったんだ。胸骨圧迫とかAEDとか、いかに初動が大切かなど、いままで気づかなかった。
当たり前だけど、人は知りたい情報しか見ない。自分には関係ないと思える情報でも多少は知識として知っておいたほうがよい。
自分の中では時間がが止まっているようだけど、外に出ると何事もなかったかの様な何気ない日常、世の中は動いている。止まってばかりもいられない。前を向いて進もう。
家で、ボーッとしていたら「今日の日はさようなら」が頭の中に流れてきた。
いつか人は死ぬ。私は死んだ後のことは信じていない。しかしまあいつか死んだら先に逝った家族と会えるかもとでも思っとこうか。
今日の日はさようなら、また逢う日まで。